糖尿病について(1)
糖尿病が増えている。その背景として、日本人は世界でも糖尿病になりやすい遺伝的体質をたくさん持っている民族であることが、最近、少しずつ明らかになってきた。「二十一世紀には激増する糖尿病にストップをかけたい」と語る、日本糖尿病学会幹事長で日本病態栄養学会理事である門脇孝・東京大学大学院糖尿病・代謝内科講師に、日本の糖尿病の現況やその背景となる遺伝的体質について聞いた。
Q: 日本人の糖尿病が増えているということですが?
A: 平成10年3月に厚生省が発表した糖尿病の実態調査から、現在、日本では糖尿病が強く疑われる人が690万人おり、糖尿病の疑いを否定できない人、いわば糖尿病予備群が1,370万人もいるとされています。しかし、糖尿病と診断されて治療を受けている人は690万人中たった300万人で、残り390万人が放置されているのが実態です。
成人の失明の第一の理由が糖尿病で、年間3,000人以上の人が糖尿病で失明しています。また透析の第一の理由も糖尿病で、毎年1万人以上の人が糖尿病から新規の透析患者になっています。さらに、動脈硬化性疾患の最大のファクターも糖尿病とされています。このような状況で、糖尿病の直接の医療費だけで年間1兆円、間接の医療費も含めると、年間数兆円が支出されているといわれます。ですから、激増する糖尿病に一刻も早く手を打たないといけないのです。
2年前、欧米の医学雑誌で21世紀の糖尿病の動向が発表されました。1995年の世界の糖尿病患者数は1億2,000万人でしたが、これが15年後の2010年に2億2,000万人に倍増すると予想されています。一方、日本は600万人から870万人になるとされています。アジアだけでみると、6,270万人から2億3,200万人と、2020年にはアジアだけで全世界の約6割を占めると予想されています。
Q: 日本における糖尿病急増の原因は?
A: 日本人の糖尿病の95%が二型糖尿病で、これは、インシュリンの分泌不全とインシュリンの感受性の低下、つまりインシュリン抵抗性が組み合わさって起きます。日本人は体質的に、このインシュリン分泌の能力が弱く、糖尿病にかかりやすい民族です。それに過食、高脂肪食、肥満が加わって糖尿病を引き起こすのです。
50年前から現在までの糖尿病患者数の増加と、国民の自動車の保有台数の増加、食事における脂質の占める割合の変化を比較すると、同じような増加のカーブをたどっています。食事の総カロリーはあまり変化はありませんが、脂質の割合を調べると、1955年ごろは8.7%だったのが、1996年では26.5%と3倍。また、糖分を大量に含む清涼飲料水の過剰摂取による「ペットボトル症候群」などの問題もあります。
それから自動車の普及は運動不足につながります。つまり私は、これらの高脂肪食や運動不足などが日本人の糖尿病を顕在化させたと考えています。
肥満と糖尿病が多いことで知られる、米国のピマインディアンの糖尿病の有病率は50%で、予備群を入れると3分の2にもなります。ところが、メキシコに住むピマインディアンではほとんど糖尿病がなく、いかに生活習慣の影響が大きいか分かります。一方、日本の有病率は予備群を含めて25%から30%くらいで、米国の白人をしのいでいます。BMI(体重÷身長の二乗)に関しても、1950年ごろの日本人は、21から22の最も健康なところにありましたが、現在では国民総小太り状態です。
厚生省の予測では、2010年の糖尿病患者数は870万人とありますが、これは予備群から毎年2.3%が糖尿病になるという1995年の発症率から計算したものです。しかし、現在の生活習慣の変化をみていると、放っておくと4.5%になる可能性があり、そうすると870万人でなくて1,000万人とか1,200万人になる可能性もあるのです。
Q: 日本人は体質的に糖尿病になりやすいのですか?
A: 米国のデータをみると、同じ生活環境であっても黒人とヒスパニックは白人より糖尿病になりやすいとされています。京都大学の清野裕教授のデータでは、日本人の膵β細胞のインシュリン分泌能を白人と比べてみたところ、日本人は白人の2分の1から4分の3と低いことが分かりました。
このことは日本人がインシュリン抵抗性や肥満の程度が少なくても、膵β細胞がインシュリンの需要量の増大にこたえきれず、容易に疲弊して糖尿病を引き起こしやすいことを意味しているのです。それに加えて最近、日本人には肥満や糖尿病に関係する倹約遺伝子や節約遺伝子といわれる、糖尿病の促進遺伝子があることが分かってきました。
Q: どのような遺伝子が問題となっているのですか?
A: 食事をすると交感神経系が緊張して脂肪細胞の表面にあるβ3アドレナリン受容体が刺激され、体内の脂肪を燃やして肥満を防ごうとします。ところが4年前、この受容体の64番目のアミノ酸が変化した多型が見つかり、ピマインディアンの約30%がこの異常を持っていることが分かりました。異常があると悪性肥満をしやすく、糖尿病にもなりやすいのです。私たちの調査では、日本人でも5人に1人が異常を持っています。これはピマインディアンよりは少ないけれど、欧米人よりはるかに高率です。
肥満は、高脂肪食や運動不足によって脂肪細胞一つひとつが大きくなる状態で、サイズが小さいときは活発に糖を取り込みますが、大きくなると筋肉で糖を取り込むのを抑える物質を出すようになります。つまり、脂肪細胞は大きくなるとインシュリン抵抗性を起こすのです。
PPARγは、この脂肪細胞の性質や、それが肥大しやすいかどうかを規定している遺伝子で、最近、この遺伝子の12番目のアミノ酸が変わった多型が米国の白人で20%くらいあることが分かりました。この多型はPPARγの働きが弱く、肥満や糖尿病を起こしにくいと思われていましたが、ごく最近、米国ではこの遺伝子多型は非糖尿病の人では20.8%あるが、糖尿病の人では15.1%しかないと発表されました。
私の調べた日本人のデータでは、非糖尿病で2.5%、糖尿病で1%でした。日本人にはそもそも多型が少なく、逆に言えば97%の人が抵抗性を起こしやすい遺伝子を持っているということです。さらに驚くべきことに最近、シカゴの遺伝学者が、一般の糖尿病の遺伝子を発見したと発表しました。NIDDM1と呼ばれるこの遺伝子は、染色体2番と15番の遺伝子として同定されました。この遺伝子の異常は、ピマインディアンでは80%が持っていますが、日本人は何と94%の人が持っているというのです。
すなわち、日本人は生活習慣で内臓脂肪が蓄積して肥満し、糖尿病になりやすい遺伝子をいろいろとたくさん持っているといえるのです。
参考:東京大学大学院 糖尿病・代謝内科 講師
糖尿病について(1) | 糖尿病について (2) | 隠れ糖尿病とその予防 | 生活習慣病予防の最新知識 糖尿病